ヒーラー 高梨万規子の半生

はじめまして、高梨万規子です。

こちらでは、まだ私のことをよく知らないという方に対して自己紹介をしていきます。

そして、私がどのような思いでヒーラーとして活動しているかについても綴ってみようと思います。

この内容を読んで、少しでも私のことを知っていただけたら嬉しく思います。

はじめに

ヒーリングの世界で活動を始めて、15年以上の年月が流れました。

その間に、2万人以上のお客様にヒーリングをさせていただき、現在では鎌倉にてヒーリングサロンおお藏の杜を経営。お客様に向き合う日々を送っています。

そんな私ですが、癒しのお仕事に携わるとは昔は夢にも思っていませんでした。

元々は、外資系の企業で働き、日本とフランスを行き来するような日々を送っていたキャリアウーマンでした。

ヒーラーとして活動を始めた理由

ある日のこと、暗い部屋で作業をしていたときに光のようなものが手の周りを覆っていて、自分の手が物凄く巨大化して見えたことがありました。

その時は単純に、「何かこの手を使って人のお役に立てることがあるのかな?」と思っただけでした。

当時私は、平日は仕事をして週末は闘病生活を送っていた母を見舞いに病院へ通う日々を送っていました。ベッドの横に座るだけで、母に何もできない自分がもどかしくて何かできないかとそればかり考えていました。

自分なりに頑張って仕事をして、母に向き合う毎日。心と身体がどんどん疲労していって、気が付いたら笑うことを忘れてしまっていた自分がいました。鏡を見ながら笑うことを一カ月近く練習して、やっと笑顔を作れるようになりました。

祈っても、念じても、母は回復しませんでした。気持ちが力みすぎていた私は何度も倒れて、母や周りの方に心配をかけてしまっていました。もう精神的にも、肉体的にも疲れ切っていたのに、頑張らなきゃいけないとしか思い浮かばず、身体を壊しても走り続けることを繰り返していました。

そんなある日、母の容体が悪化。いたたまれず母の身体に手をのせていると、以前暗い部屋でみた時と同じように、私の手の周りが光に包まれて、その光はやがて母の身体中を覆って、暫くして消えていきました。

私は子供の頃からエネルギーの世界が見えていて、それが怖くてたまらない時期を過ごしていました。その時期に相談する相手もいなかったし、親からは人に言ってはいけないと言われ、毎日一人で怖くてたまらない日々を過ごしていました。

その見えていたエネルギーの世界が、母が病気になったことで色鮮やかに再び私の目の前に現れはじめ、今度は母を通して、見えるエネルギーの世界が人を笑顔にしていく経験を重ねていきました。

その後、母の容体は回復。それ以来、母の身体に手を当てると光が現れることが続くようになりました。何だか分からないけれど、この時は母がとても喜んで眠りにつくのが嬉しくて繰り返し行っていました。

この話を兄にしたところ、私が母にしていることはヒーリングじゃないのと言われ、急いで本屋へ駆け込みヒーリングに関する本を探しました。

そして、もっと母を元気にできたらと専門家にヒーリングを学びに行きました。

教わったヒーリングを母にしてみると、しっくりこない自分がいて、それでも続けていると母から「いつものやって。」と言われ、私のやり方でヒーリングをすると母はとても喜んでくれました。不思議とヒーリングのエネルギーをよく感じてくれる母でした。

その後、お友達にヒーリングを行うととても気持ち良くて、疲れが取れると言われ、そこから口コミでご縁が広がって行き、自然とヒーリングを行うようになっていきました。

当時は、それを仕事にするとは全く思っておらず、とにかくヒーリングを受けてくれる方々がとても喜んでくださるのが嬉しくて、ヒーリングを行っていました。そして、母の看病で私自身とても疲れていて元気がなくなっていたけれど、ヒーリングをすることでとても元気になっていきました。

このヒーリングのパワーで母を元気にすることができるんじゃないかという希望が湧いてきて、明かりが見えたような気持になったのです。

ヒーラーの自分に無力さを感じた出来事

ヒーラーとして活動を始めたきっかけは母です。

闘病生活が長期化する中、ヒーリングを繰り返しても母の状態は安定せず一進一退を繰り返していました。私は、自分の体力の限界を感じて、仕事を辞め母に付き添う時間を選びました。母と一緒にいる時間が増え、傍にいても、ヒーリングをしても母は思うように回復せず無力感でいっぱいになっていきました。

何もできない。結局何もできない。

何がヒーラーだ!私は何も役に立てないじゃないか!!

当時は、ヒーラーである自分の無力さを感じ、どんどん自信を無くしていきました。あの頃はまだヒーリングの奥深さや、ヒーラーとしての心構えが何も分かっていなかったのです。

そして18年間の闘病の末、母は亡くなりました。

ずっと母を自分の中心に置いて生きていた私は、母不在の空虚感に襲われて、母に対して何もできなかった自分を毎日心の中で責めることが増えて行きました。食欲もなくなり、きちんと眠ることも出来ず、このままじゃいけないと思った私は、思い切って自分を癒す旅に出ることにしました。

心のケアを学びにイギリスへ

母の一周忌を終え、私はイギリスへ向かいました。自分の心を癒すことが目的でしたが、もう一つの目的は心のケアを学ぶことでした。ヒーリングで調整しても、心の中にある思いや感情がケアされていないと本当の意味で癒しとは言えないと感じていたからです。

イギリスでの心の学びが始まりました。そこで心には仕組みがあることを学び、自分自身を見つめながら教わった感情解放のセラピーを実践していきました。本当に体当たりでやりました。母に対する思い、子供の頃から持っていた悲しい苦しい思いと対峙するたびに大泣きして、顔が真っ赤になる毎日。

泣くことがこんなにも心を軽くしていってくれることに驚いた私でした。

当初、思い描いていたような癒しを体験できなかった私は落ち込みました。それでも、日常から離れた異国の地では自分を見つめて癒すこと以外、何もすることがなかったので、とにかく朝から晩まで自分と向き合う時間をひたすら続けて行きました。

そして、迎えた授業の最終日の朝、ある出来事が訪れたのです。

朝、目を覚ました私の視界にはいつもと変わらない部屋の風景があったのですが、その空間はいつもと違っていました。

何が違うのかと言うと、目の前の空間には時間が存在しない感じで、ただただ愛しかない世界が広がっていたのです。その時は、そう感じたのです。

窓から差し込む朝陽も愛のエネルギーでキラキラ優しく輝いていて、それを見ているだけで涙が溢れてくる世界でした。

その瞬間、意識が大きく変わる体験をしたのです。すると、今まで悲しい、苦しいと悩んでいた自分が滑稽に見えてきて、ベッドで大笑いしてしまったのです。

そんな自分に、自分でもビックリしました。自分に何が起きたのか、このときはわかりませんでした。

これが私の目覚め体験でした。長い長い眠りから目が覚めたような、この時を境に現実世界の見方が変わっていきました。大きな癒しと目覚めを実体験した私は、心のケアを盛り込んだヒーリング活動を始めることにしました。

どうしてまたこんな悲しい思いをしなくてはいけないの?

イギリスから戻った私は、母を失った悲しみは変わらず心の中にありましたが心の持ち方は以前とは違っていました。心身共に充実した毎日を過ごし、心新たにお客様と向き合う日々を送っていました。

そんな中、兄が病に倒れました。

医師からは告げられた余命宣告に頭が真っ白になる私。

残された時間は、信じられないくらい短くて、あっという間に過ぎて行きました。

思いがけず再び始まった家族の闘病生活。

悲しみと不安で押しつぶされそうになった私は、イギリスで学んできた心のケアを実践し、兄との時間を過ごしました。

そして、この時も兄の希望もありヒーリングを行いました。

この頃の私はヒーリングをすることだけに集中して、全てを宇宙に委ねてヒーリングをしていました。

宇宙から届く愛のエネルギーを兄へ届ける。

ヒーリングをしている最中は、どうなる、こうなるは考えない。

今必要なエネルギーを届けることに最善を尽くす。

母の時とは、心持ちが違う私がいました。

兄が闘病中に、何度も言ってくれた言葉があります。

自分を信じて生きなさい。

人生は、あっという間だよ。

後悔することがないと思えるくらい、

やりたいと思うことに心を込めて向かいなさい。

そして、兄は旅立っていきました。

母が亡くなってまだ3年しか経っていない。心がやっと癒されてきたと思ったのに、今度は兄までいなくなってしまいました。

私の心と身体も限界でした。

頼りにしていた大黒柱を失った衝撃、今までの心身の疲労、受け入れたくない現実に完全に打ちのめされていました。

この出来事によって、私は生まれて初めて物凄く真剣に自分がこれからどう生きていきたいのか考える時間を持ちました。

気づきと実体験をベースにヒーラーとして活動していく

常識や思い込みに自分らしさを封印されていくようで、苦しくてたまらなかった子供時代。自分に自信が持てなくて、自分らしく振舞えずいつもビクビクしていた自分がいます。そんな自分に自信がない私が人生で一番続けてきたことはエネルギーヒーリングでした。

そして、ヒーリングというエネルギーの世界が私の中にあった沢山の癒されない思いと感情に大きな癒しを届けてくれて、人生が大きく変わっていきました。

癒しと目覚め、心のケアを実体験してきた自分にしかできないヒーリングを届けたい。ここに心を込めていこうと心が決まり、再びヒーラーとして活動していくことを決めました。

高梨万規子のヒーリングは、本質の自分に光を届けていく。

生きていると、常識や刷り込み、思い込みで自分を見失いがちです。

それは本質の自分に幾重にもベールが巻かれ、自分の輝きが見えなくなっている状態です。

お一人、お一人、そのベールをほどいていくプロセスは異なります。

心の中で何が起きているのか丁寧に紐解いていくと、本心に触れることができていきます。そして、感情というエネルギーの解放とヒーリングでエネルギーを動かしていくと、ベールが解けだし本質の自分に光が差していくのです。

現実世界で生きていると、本質の自分にすぐベールが巻かれてしまいます。

受けてきた教育、世の中の常識、信じ込んでいること(ビリーフ)。それらのパワーはとても強くて、本質の自分を遠ざけてしまうのです。

それでも、一度本質の自分に気付けると、自分でベールを解けるようになり心持ちが変わって生きていかれるのです。そして、元々持っている霊性が発動していきます。

私のヒーリングでお客様が自分という存在の可能性に自信を持ち、生きやすい自分、ありたい自分へと変わっていかれる姿を見て、エネルギーの源である宇宙に感謝せずにはいられません。

数十年前に受け取った宇宙からのメッセージがあります。

「ヒーリングを行っていきなさい。待っている人に光を届け、地上に光の柱を作り、地球を光で満たしていってください。」

あの時は、意味がわかりませんでした。

でも、今ならわかる。これが私の使命(ミッション)であると思える。

本質の自分を思い出し、自分らしく生きていく最強の人生へ

時空を超えたエネルギーの世界から現実世界へアプローチしていきます。

長くなりましたが、読んでくださってありがとうございます。